景清廟

景清廟縁起(かげきよびょうえんき)
景清公と娘人丸姫の遺骸をまつる。回顧すれば公が壇ノ浦の渦中より脱して頼朝を亡さんと心胆を砕かれしも果さず遂に畠山重忠に捕らえらる
頼朝は公の武勇非凡なるを惜しみ己に仕えむことを懇望す
公固く辞して直ちに両眼を抉りて曰く、此眼あらば貴公を殺さむの念常にやまず、然るに今は盲目たり最早敵対する念なしとここに於いて頼朝の任命により日向の勾當となり文治2年11月下向ある時に齢32才なり
此の地にあるや深く神仏を信仰し帝釈寺の再興・岩戸寺・正光寺を建立せり
建保2年8月15日行年62才にて没す
法名 千手院殿景清水鑑大居士と称す
下北方町区会 看板より

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